涼宮ハルヒ シリーズ  二次創作
キョン子の探索 (愛称:キョンたん)
〜第五話〜 にょろ

小説:Tarota っさ
挿絵:甘野氷 にょろ

土曜日から行われるのは本格的な映画本編の撮影であり、ハルヒ超監督の頭に渦巻く不可思議な設定が現実世界に波及させ始める時なのである。以前は訳も解らずに山中の森林公園でハイキング客やら親子連れやらの視線を気にしながら、三文芝居にも満たないドタバタをカメラに収めさせられていたのだが、今では変化の予兆を見逃すまいと必死で観察している。わたわたする朝比奈さんの動きが可愛くて凝視している訳では断じてないぞ。
それにしても解っていた事とは言え、淡々とした映像の切れ端を合わせて作品にまとめようという発想はどこから来るのかね?挙句の果てには空想の世界を現出たらしめるのだから、何とか今の内に路線が変えられないものだろうか。
なぁ、文化祭ではなくネット公開にしたら相当のヒット数を稼げる事を約束するぞ。
「何を言ってるの。狙うはゴールデングローブ賞を手土産に、アカデミー賞総嘗めよ!ミニスカウェイトレスキターって弾幕で処理落ちさせるのを楽しんでいる厨を喜ばせる暇なんて無いわよ」
俺の最後の献策もこうして簡単に潰えた訳だ。もっとも成功する訳が無いのは解っていたがな。それにしてもハルヒやけに詳しいな。
「いいからキョン子、次は神社で撮影するから機材運んで!」
やはり展開はまるで同じだな。俺は古泉に目配せをする。いつもと変わらぬ笑顔の中にパチっと一瞬ウィンクを織り交ぜてきた。事前に教えたハルヒの行動に対する準備はどうやら万端らしい。
それにしても、今の合図には正直ドキリとさせられたぞ。それ程に可愛らしいのだ、こっちの古泉は……。

「これよぉ〜!あたしの求めていた画にピッタリじゃないの!!」
神社に到着したハルヒは境内に群がる白い鳩の大群を見て、おおはしゃぎしながら朝比奈さんに演技の指導を始めた。もっとも「適当に走って!」というシンプルにして乱暴な指示だがな。
「どうやら的中だったようですね?」
古泉が話しかけてきた。俺の気を知ってかウィンク一つくれてからだ。
集めてきたのか?白い鳩を。
「ええ、勿論ボクの仲間達の援助でですけどね。これだけの数を揃えるのには苦労しましたよ」
例の『機関』という組織も随分と幅広い活動をするんだな。それでも、世界を改変させる事になるよりかは幾らかマシだろ?
「出来れば次のビーム射出という事態も避けたいものですが……」
流石にそこまでは無理だろう。迅速な対処と避難の心がけをするのが精一杯だろうな。
俺達は、すっかり次の事件への対策へと関心を移していた訳だ。まだ今の事件が進行中であるという事を忘れてな。
「うーん……何か足りないわねぇ」
朝比奈さんが境内を走ると白い鳩が逃げるように飛び立ち、その迫力に思わずしゃがみこむという俺の撮影した映像を見ながら、ハルヒは不吉な言葉を呟いた。
想定通りのものが撮れたんだろ?これ以上、何を望むというんだ。
「最初の発想に固着しているようじゃ一流の監督とは言えないわ。時代は常に進み続けているんだもの、要求される水準も常に上昇し続けるのよ!」
また訳の解らない事を言い出したぞ、これ以上やっかいな事を喋らせない為にも早々に場所を移動した方が良いだろう。
おい、ハルヒ。まだ撮影は残っているんだろう?早く次のロケ現場に行こうぜ。
俺が提案するよりも早く、ハルヒは致命的な言葉を紡ぎ出した。
「そうよ!神社なんだから巫女さんが足りないのよ!境内を清掃する巫女さん、飛び回る白い鳩、そこを駆けて行くミクルちゃん。完璧な映像だと思わない?」
想像してご覧なさいと言わんばかりの物言いに、俺はその幸せそうな絵を再現してみた。確かに言いたい事は解るのだが、それは拘るべき事柄なのか?藺相如だって、お前にそんな使われ方をするために璧を完うした訳じゃないだろう。
「この神社に巫女さん居ないのかしらねぇ?キョン子かイツキちゃんのエキストラでもいいわ。って巫女装束なんて持ってきてないし。いっそ、そこら辺から巫女さんが沸いて出てきてくれたらいいのに」
まさか……な……。
恐る恐ると俺は周囲を見渡した。
流石にハルヒの能力であっても、いきなり人が出現したりはしなかった。鳩が巫女さんに早変わりといった不可思議現象も勿論なしだ。
次いで、仲間達の顔色を伺う。朝比奈さんは蒼ざめた表情で、古泉はどこか怪訝で、長門はいつもの無表情だが俺の目からは憂いを帯びたようにも見える。後で対策を立てないと駄目か?それとも、もう手遅れなのか?
やはり気ままなハルヒの発想力に対抗するのは無理があるようだ。まさに人知の及ばぬところといった感じであろうか。偏頭痛が押し寄せてくる。
続く撮影は場所を移して行われる、朝比奈さんと長門のバトルシーンだ。勿論、ミクルビームが登場したさ。カラーコンタクトによる色違いの瞳から放たれる光線を必死で避ける。まぁ、長門が例の瞬間ワープで割り入ってくれなければ反射で避けたところで無駄なのだがな。何せ光速が相手だからな。
もっとも、事前に知っていたお陰でスムーズに処理する事は出来て、レフ板は割れることもなく長門の手が焦げるような事態もなかった。組み敷かれた朝比奈さんが長門に噛み付かれるのは仕方の無い事だが。
「確かにあなたの情報通り」
朝比奈さんから無理矢理剥ぎ取ったカラーレンズを片手に長門が分析する。
「この先も同様の事が起きるんでしたね。やはり先んじてその手段を封印するのが得策だと思いますよ」
古泉の主張の具体的な措置は朝比奈さんの体内に現象の発生を抑えるナノマシンとやらを注入させる訳で、その実行は長門が噛み付く事により達成されるのだから、半泣きの表情がますますグシャグシャになってまるで作画崩壊のようだ。
おい、古泉。前にも言ったが封印しても無駄だと思うぞ。
「そう。効果的な対処方法ではない。現在までに判明している情報を統括的に分析すると、こちらの封じた手段を回避しより大きな効果をもたらす事は確実。遮断するのではなく既定の路線に速やかに誘導して効果を半減させるのが有効的な方法だと推測される」
俺の言葉に続いて長門が澱みなく淡々と言葉を連ねる。こいつの後押し程心強い援軍はいないよな。古泉もすぐにそれを悟って簡単に折れてきた。
「対症療法という訳ですか。手をこまねいているようで、あまり好みではないのですが仕方がないですね」
お前がそんなに攻撃精神旺盛だと思わなかったよ。
「ボクとしては単に世界への影響が少ない方が好ましいと思っただけですよ。でも、長門さんの口ぶりじゃ最悪この星が壊れ兼ねない事態になると解って意見を翻した訳です」
そうなのか長門?
返答は無言で軽い頷きだが、それはとても重いぞ。朝比奈さんなんか軽く失神しかけている。
「こら、いつまで休んでいるの!そろそろ撮影を再開するわよ!」
地球を崩壊させるだけの能力を秘めたお方からの命令ならば黙って従うより無いだろう。触らぬ何とやらというヤツさ。俺達は粛々と気の済むまで映画作りに振り回された。本日も一番被害を被ったのは朝比奈さんであった事は言うまでも無い。


さて、明けて日曜日。本日も絶好調でテープと労力の無駄遣いとしか思えない撮影が行われるわけだが、いつにも増して気分が乗らない。友人を人身御供にせねばならないのだから俺が心を痛めているのも当然だろう?
それというのも、ハルヒ大明神が映画撮影という祭事にエキストラという名の生け贄を捧げるよう要求してきたからだ。
「いつもの呼んできてよ」
キャストが少ない事に今更の如く気が付いたハルヒが俺に人集めを無心してきた。話しの流れ的には俺が体験したのと同じ展開であったが、今の友人といえば……
「由良さんのことか?」
「ん、そうね……そんな名前だったかしら?あと一人いたでしょ?」
ああ、そんな予感はしていたさ。昼の日課として俺は女の子二人と一緒に席を囲んで会食を共にしている。
一人は勿論、由良さんで、もう一人は国見さんというボブカットの小柄な娘だ。見覚えが無いから恐らくは俺の世界では別の学校に通っているのかも知れない。どことなく国木田に面影が似ているような気がするが多分気のせいなのであろう。
両手に華の羨ましい状況であると言いたいところだが、俺も花畑の中に埋没する一輪なので誰にも気に留められない。内側に入っちまうと外から見えていたような幻想の霧は晴れて現実という実体が見えてくる。
例えば女の子が手をにぎにぎしている仕草が可愛らしいと以前は思っていたが、実際に小さくなった己が手でグーパーと動かしてみても別にちっとも楽しい訳ではない。
要するに、普段の昼飯時に谷口や国木田と囲んで食事するのと変わらない訳で、隣の芝が青く見えていた時が懐かしい。
そんな普通に仲の良いクラスメイトなのだから、携帯の番号もメアドもメモリ内の友人フォルダに入っている訳で、連絡を取ろうと思えばいつでも可能な訳だが良いのだろうか?
そりゃまぁ友人であるのだから気兼ねなんて無用だろうし、今や男女の仲ですらないのだから気後れする事も無い訳なんだが妙にこそばゆい感じになる訳さ。解るだろう?
それで、いきなり電話っていうのも気が引けたんでまずはメールを一発入れて見ることにした。明日は暇?とかそんな素っ気もない文言なのに、送信ボタンを押すのには妙にドキドキしたもんだ。
返事が無くても仕方ないよな……そんな風に思っているとメール受信のランプがチカチカと明滅した。ほんの一息ついただけだというのに、随分と早い返信ではないだろうか。間違いなく暇を弄んでいるのだろう。女子高生の休日と言えば聞こえはいいが、そうそう予定が立て込んだりする訳でもない事は俺が女子の輪に混ざってから学んだ現実の一つだ。
殆ど会話するのと大差の無いテンポでメールをやりとりした結果。二人の友人はあっさりとハルヒの映画撮影へのエキストラ出演を承諾した。
まぁ単なるエキストラ出演で余り面白くない撮影を見物させられるだけならば良い。しかし、俺が知る通りだとするならば谷口が池に落ちている事から、その展開を踏襲する為だけにどちらかが同じような目に遭う公算が高い。
まぁ、それはアイツ固有の問題で二人は大丈夫なのかも知れんが、万が一を考えるとチクチクと罪悪感に啄ばまれて気分が沈む。おまけに撮影機材という荷物が物理的に俺を圧迫している。
不機嫌なオーラが立ち上るのを自覚しながら、自転車から荷を降ろし集合場所である駅前へと歩みだそうとして……
「お嬢さん、手伝いましょうか?」
それが俺に向けられた声だなんて、すぐに気が付けというのには無理もあるよな。何せ『お嬢さん』なんて呼び名に馴染みがない事極まりないんだから。
無意識に無視して歩きだそうとしてヨロケて、肩を支える手が伸びてきた。力強さに何故だかドキっと胸が高鳴るようなのは気のせいだとしても、助けられたのだからお礼くらいは言わねばなるまい。
「ありがとう……」
ございますという言葉は思わず飲み込んでしまった。それというのも視線を向けた先に立っていた救い主に原因がある訳だ。
「た……谷口ぃ!?」
そう。白い歯をキラリと輝かせそうな似非王子風のスマイルを浮かべて、俺のよく知る人物が立っていたのだ。
「あれ?俺の事ご存知?おかしいなぁ……君みたいに可愛らしい娘を一度でも見たならば忘れない筈なのに覚えが無いなぁ……。しかし、これはきっと前世とかの縁って事で不思議な運命を感じるよね?とりあえず再会とかを祝おうよ、ねぇ」
一気にまくし立てられる歯の浮きまくるようなセリフは俺に向けられたのでなければ噴き出してしまうトコロだが、咄嗟の迂闊な反応を見せてしまった自分のバカさ加減に呆れるのも手伝って偏頭痛の大群が押し寄せてきて眉間に皺が出来る。
「ちょっとー。遅いと思ったら、何そんな所でナンパされているのよ!」
仁王立ちのハルヒが仏敵に出会ったかの如き形相で谷口を睨みつけている。背後には朝比奈お姉様の心配そうなお顔や、古泉のいつもの笑顔や、マントに帽子を既に装着している黒尽くめの魔法使いである長門の関心無さそうな無表情も垣間見える。更にその後ろでは「えー!?キョン子をナンパぁ!?どれどれ?」というクラスメイト二人の興味津々な黄色い声も聞こえてくる。
「げっ……。す……涼宮……」
谷口が驚きの声を上げ、何かの計略に掛かったみたいな顔をしている。こいつの耳にはジャンジャンジャーンという銅鑼の音すらも聞こえているのかもしれんな。
「ん?あたしの事知ってるの?憶え無いんだけど……」
「元東中の谷口だ……」
「ああ成る程、同じ出身って訳ね。悪いけどこっちは全然憶えてないわ。でも丁度男手が欲しいとこだったのよねぇ……。こんな所でナンパなんてしてる位だもの暇に決まってるわよね。あんたも手伝いなさい」
相変わらず横暴な理論を述べるヤツだ。まぁ谷口はさっきからAAとか+だかと、俺達一同をマジマジと見比べてはチェックするのに余念がなく、随分と嬉しそうだから異議など持ち合わせていないだろうな。
確かに、これだけの女性に囲まれて男が一人だったらハーレムの主にでもなったつもりで、さぞかし気分が良いだろうよ。これなんてエロゲーだ?俺だって本当はそんな気分を満喫したいのだが、今の姿じゃ単純に喜んでもいられない訳で、正直かなり羨ましいぞ。
思わぬ参加者も加わった処で、いざ撮影場所へ向かう訳だが何か足りなくないか?
その答えは直に解った。新たなる人物がハルヒと同じく仁王立ちで行く手を阻んで来たのだ。
「お……お姉さまぁ!?」
ハルヒの驚愕なんて滅多に見られるものでもない。そんな声を上げさせるのは小柄で髪の長い俺も良く知る人物だ。
「ハルにゃん、こういう面白そうな事を始めた時は真っ先にお姉さんに報告しなさいって言わなかったかなっ?」
まさか鶴屋さんがハルヒと姉妹関係だったとはな。そういえば、朝比奈さんが姉を持ち出されて怯えていた覚えがあるがそれも道理だ。
「その……お姉様には完成された作品を特別鑑賞席でご覧になって欲しいと……」
「ハルにゃん。それは当然だとしても、あたしが何を面白がるか解ってるにょろ?大勢で楽しくやってるのに仲間ハズレは駄目駄目っさ」
鶴屋さんはハルヒを圧倒すると、撮影に駆り出された哀れな子羊である俺達の間を忙しく駆け回る。長門の魔法使いの装束に大爆笑し、それに対して朝比奈さんが私服なのに不満を漏らし、古泉と談話し、由良さんと国見さんからの憧れの眼差しをガッチリと受け止めて、谷口からの邪な視線を牽制するように唸ってみせる。
千変万化のエネルギッシュな行動は、俺が良く知っている鶴屋さんのもので安心した。この世界と俺が知っている世界の差異はやっぱり俺と古泉の性別が違うのと、北高が女子高で光陽園学院が共学な事だけなのだろう。
「キョン子ちゃん、どうしたにょろ?まるで異世界に迷い込んで慣れない環境に困っているみたいっさ」
鶴屋さんが鋭い事を指摘してくる。単なる勘だと思いたいが、本当は全部知っているんじゃないかと疑いたくなるね。
「それにしても今日は何でズボンなのっさ?撮影なんだから、もっとおめかししないと駄目にょろ。それとも、これからセクシーな衣装を着せられるから出し惜しみっなのかな?」
セクシーという言葉に谷口が耳をヒクヒクさせている。ええい、二人に対する予防線としてここはハッキリと、俺は撮影係であって出番は無くズボンを履いているのも作業がし易いからだと言っておこう。
「それは残念にょろーん。けれどハルにゃんが美味しい素材を放って置く訳ないと思うっけどねぇ……」
不吉な事を言わないで下さい。俺が知る限りの世界では撮影だとか編集だとか裏方の作業以外のお鉢が回ってきた覚えはないから安心しているが……。

さて、撮影場所に関しては規定事項と変わらなかった。すなわち古泉と鶴屋さん家の近所である大きな池の畔だ。鉄製のフェンスを長門が魔法じみた方法で排除するのまで俺の世界と変わらない。違うのは若干メンバーが多いのと女性比率が高い事、後は朝比奈さんが最初から駅前に居たので合流する時間が省けて早く到着した位であろうか。この差異が俺に降りかかってくる事になるのだが、それはもうお約束なのか?
撮影される内容も、これまた俺にとってはお馴染みの光景だった。朝比奈さんが長門との闘いで窮地に陥るというシーンだ。ミラクルミクルアイRとかいう名前のハルヒが考え出した頭の悪い新兵器も勿論登場した。ふざけたネーミングだが威力は冗談にならない。だが今回も事前の対策が功を奏して被害は最小限に抑えられた。
冷や汗をかきっぱなしの俺と古泉、またも長門に噛み付かれて泣きべそを浮かべる朝比奈さん。二人の女友達は谷口に付きまとわれて苦笑いを浮かべている。ゲラゲラと笑いが止まらないのは鶴屋さんだ。そんな中、ハルヒは次のシーンを考えているのかウンウンと唸っている。
俺には解っているぞ。次は長門に洗脳されたという設定のエキストラ三人が襲い掛かる場面の撮影だ。茹だるような暑さの中だとはいえ、朝比奈さんは池に放り込まれてしまう訳だ。今の内に心構えをしてもらった方が良いだろうか?それとも余計な心配をさせて撮影に影響を及ぼさない方が良いだろうか?
相変わらず、俺は朝比奈さんの心配ばかりしていたのだ。何しろ俺の知っているこの映画は百パーセント朝比奈さんの受難物語だったからな。
由良さんと国見さん、それに鶴屋さんの出番は予想通りに訪れた。悪い宇宙人であるところの『長門ユキ』に魔法で操られてキュートな戦うウェイトレス未来人『朝比奈ミクル』を襲う一般人。という既定どおりの設定だ。手始めに池に放り込まれてしまう……筈なのだが、ハルヒから飛んだ指令は襲いかかるという演技だけである。
「ごめんよぉ〜ミクルぅ〜。あたし操られてるからっさぁ〜」
鶴屋さんは俺が知っているのと同じセリフを喋ると腹を抱えて大爆笑を始める。由良さんと国見さんは悪の手先という役に気分が乗らないのかノロノロした動作だが、これはこれで操られているという設定にはマッチしているな。
一般人の襲撃に反撃する事も儘ならず、逃げ惑う朝比奈さんの姿を俺はカメラに収めていた。これは俺の知らない映像だぞ。どうするつもりなんだハルヒのヤツ、池に放り込むという構想は朝比奈さんを哀れんでお蔵入りにするのか?それならそれで平和で良いんだけどな。
「ちょっとキョン子、いい?」
俺がぼんやりと思考を巡らせていると、いつの間にか超監督殿の声が真上から降ってきた。
「助っ人が必要だと思わない?」
なんだ?撮影なら間に合ってるし、レフ板持ちなら谷口にでもやらせたらどうだ?
「そういう裏方の話じゃなくて、映画の内容よ。孤軍奮闘するミクルちゃんに味方する援軍が必要じゃないかって話よ」
なんだ?それならば古泉を登場させればいいだろう?
「イツキちゃんはあくまで保護観察対象であって、一緒に戦う能力がある訳じゃないの。共闘するならどんなキャラがいいと思う?」
それならやっぱり謎の人物だけど実は主人公と繋がりが……っていうのが定番か?
「そう。解ってるじゃないの!」
ハルヒはえらく満面な笑みだ。俺としてはこいつと同じ発想だって事に、ちょっとショックだがな。
「そして、みくるちゃんと繋がりがあると言えば?」
なんだ?鶴屋さんか?っておい、引っ張るな!
「いいから来なさい!」
問答無用で俺はハルヒに引っ張られて茂みの奥へと連れていかれた。
「これに着替えて!」
差し出されるのは紙袋である。一昨日にも体験したが、これはやはり……。恐る恐る覗き込むと中身の衣装は若干異なっていた。柔らかな絹の手触り、刺繍も美しいこれは……。
「チャ……チャイナドレス!?」
深いまでに紅い色の布地に金糸で鳳凰が描かれている。一目見ただけも手間の掛かる、土産物屋とかで売られているような量産品とは違う、特別オーダーの製品だという事が解る。
「どうしたんだ、これ!?」
「コンピ研からガメてきたのよ。何かのゲームキャラの衣装なんじゃない?」
やはりこの世界でもコンピ研の皆様はハルヒに捕食される運命なのか。同情してやりたいが、今この場で正に牙を向けられているのは俺自身な訳で、キラキラした期待の眼差しで見つめられては逃げれる術なぞなさそうだ。
……仕方がない。こうなったらば大人しく従った方が世界の為だ。観念してシャツのボタンを二・三個外すと、ランランと輝くハルヒの視線が妙に絡み付いてくるぞ。
「ちんたらやってないで!手伝ってあげるわよ!」
飛び掛って来たハルヒにもみくちゃにされる。いつかもあったな、こういう事が。胸が当たるは、余計な処にまで手が突っ込まれるやらで気持ち良いのは嬉しいけど少々鬱陶しいな。しかし、女の身体で良かった。男ならば、たちまち反応が最大規模で現れているところだからな。
無理矢理に服を引っ剥がされ、チャイナドレスの裾に脚を通す。着心地はどうかって?勿論、落ち着かないさ。
袖がないから肩は剥きだしで、ピッタリと身体のラインを目立たせる服だから、小さいなりにも胸が強調されるのが解る。長い裾は脚に纏わりつくようでいて、深いスリットが動く脚に合わせるように空間を作り出して自分のだというのに生足のフトモモがチラチラと覗く様にドキリとする色っぽさを感じる訳だ。
「ちょっとキョン子!何で今日に限って短い靴下なのよ!」
何でと言われても、ようやく見つけたんだしズボンにニーソだと今日みたいな陽気じゃ暑過ぎるんだよ。
「チャイナにその靴下じゃ合わないでしょ!かといって脱いで生脚見せるのも品が無いし……。仕方がないからバニーのタイツ履きなさい!」
やれやれ、日差しも強いのにそんなの履いたら蒸れてしまいそうだぞ。下半身をピッチリ覆うからどっかの匂いがキツイ事になりそうだな。素直に従わないとまたぞろ文字通りのお仕着せイベントが発生しそうなので、急いで靴下を脱いで薄手のナイロン地に爪先から包んでいく。
何だかコスプレするのにも手馴れてきたけど別に楽しい訳じゃないぞ。満足そうにハルヒは頷いているけど、自分じゃ確認出来ないしどれ位似合っているかなんて解らないしな。そう思っていたら珍しく気を利かせてか手鏡を俺に差し出した。
……。
良いじゃないか!
ボン、キュッ、バーンなメリハリのある身体の線を際立たせるのがチャイナドレスの魅力だと思っていたが、俺のようなスレンダーな体つきに似合うんだな。ポニーテールがより一層映えるのも素晴らしい。それから、紅い布地のスリットから覗く黒い脚もコントラストとして色っぽく、蹴られてみたいなんて変な事まで考えてしまった。それが伝わった訳じゃないだろうが、程なくソレを能動的に実践する事になる。


「お前の命運も、もはや尽きたな。速やかにこの世界という舞台から退場願おう」
長門が相変わらず抑揚のない口調で淡々と、カンペに書かれた文字をそのまま読み上げる。棒可愛いってレベルじゃねぇぞ。
「しょ、しょんなぁ……。あたしの使命も、ここで終りを迎えるっていうのぉ?」
朝比奈さんもカンペを丸読みだが、一生懸命に喋ろうとするのが空回りするオタオタした感じが、耳に一定のリズムで高音域の刺激を与えて、守ってあげたくなる効果を及ぼしている。
笑いを堪えた鶴屋さんに、すまなそうにゆっくりと動く由良さんと国見さんの三人が、包囲網を形成して朝比奈ミクルに迫る。
「そこまでなのです!」



俺は半ば自棄気味に言うと、木立の間から颯爽と飛び出した。まぁ、普通に歩いて出て行っただけだが。
「何奴?」
「あ……あなたは一体!?」
長門と朝比奈さんの声が微妙なハーモニーを奏でる。
「わたしは世界の平穏を守る者。悪の力が増大した時、均衡を保つ為に正義に加担します!」
正直、何を言っているのか俺にもさっぱりだが、カンペに書いてあるのだから仕方なく読み上げたまでだ。感情なんて殆ど篭っていない素人丸出しで恥ずかしくなってくるぞ。
これが、俺の映画での初登場シーンだ。ハルヒは何が気に入ったのか、録画されたテープを確認しては満足気に頷いている。
俺の周りには興味津々の視線が、重機関銃の火線交差地点の如く集中していた。由良さんと国見さんは物珍しげな仲にも羨望が混じっているようで、「いいじゃんいいじゃん」と騒いでいる。朝比奈さんからは親愛と喜びに溢れていて、一緒に頑張ろうという励ましも感じられるな。まぁ、谷口からのハートマークが飛び散るばかりの熱視線は無視するとしてだ……。何故、俺が視線ばかりを感じるのかといえば、鶴屋さんに纏わりつかれていて誰も声が掛けられないからだ。
「うひゃー。スゲーねこれ!みくるのとはまた違った趣がいいにょろ!それにしてもスリット深いねぇ〜。これタイツ履いてなかったらパンツ見えそうな位っさね!」
こんな調子でチャイナの裾を捲くられたり、腋の下をチェックされたりして、無駄に黒一点からの視線温度を上昇させる結果になっている。
さて、助けに入った次のシーンと言えば当然戦闘シーンな訳で、
「キョンコはねぇ、外見からも想像できる通りカンフーの達人なのよ」
お前、俺に大立ち回りをやらせるつもりか?そんなアクションスターの動きなんて出来ない事位解るだろ?
「うるさいわねぇ〜。後で特殊効果とか入れるから、カメラの前で適当にカンフーっぽい動作しなさいよ!あ、キックは必須ね!スリットが捲くれる位のハイキックよ!」
誰に媚を売るための映像なんだよ。まぁ、確かにチャイナドレスの格闘娘がハイキックを決めてチラリズム発動!っていうのは絵的に美味しいとは思うがな。そんな動作を俺に求めるのは無理っていうものさ。まぁ、面白そうだし最大限に努力だけはしてやるがな。
「残るはユキとの決戦よ!まずはキョンコキック!!でも、そんな技は通用しないわ」
俺は再び古泉が構えるビデオカメラに向かって再びのキックをする。横で長門が星のついた棒をゆらゆらさせて平然と突っ立ている。前にも見たので、どうやらこれが長門なりの攻撃無効を現すエフェクトのようだ。
「攻撃が効かないからキョンコは取っておきの新兵器を取り出すの!ほら、これ掛けて」
いきなりハルヒは俺の手を引っ張ると眼前に何かを突き出して、視界が酷くぼやけた。両耳と鼻頭に乗っかる確かな重み。どうやらハルヒは俺に眼鏡を装着させたようだ。何も本物でなくとも良かったんじゃねぇのか、これだけ風景がボヤけて見えると撮影になんねぇぞ。
「めがね、めがねぇ〜」
出所は定番のセリフで直に解った。顔は判別できないが、由良さんのを強奪して調達したものらしい。
「ミクルがコンタクトなのに対してって訳よ。さぁ、キョン子!その眼鏡越しに光線でも熱線でも何でもいいから、凄いの出しちゃいなさい!」
!?
俺達が警戒した時には既に遅く、長門が光速をも超えるような素早さで動いてくれなければ、本当に三人の一般人が犠牲になる所であった。
「うかつ……」
俺の顔面から取り去った由良さんの眼鏡を手に、長門は珍しい反省モードだ。こういう事態を避ける為に頑張ってきたんだが、やっぱりハルヒを攻略するのは不可能なのか?
「大丈夫?キョン子ちゃん……」
朝比奈さんからは同情の声が寄せられる。確かに俺の気持ちが解るのはこの人を置いていないだろうな、長門に噛み付かれ仲間だ。甘噛み程度で痛くは無いんだが、いきなりワープしてマウントポジションを決められるのは、正直心臓に悪いぞ。それ程の緊急事態だから仕方ないとはいえな。
「破壊光線ですか……」
古泉が綺麗に一部が消し飛んだ星付きアンテナ棒と黒いトンガリ帽子を持って呟く。
「光速で原子を射出し、進路上にある物体の原子にぶつけてその構造を破壊する、極めて危険な現象。オプティック・ブラストと呼ばれている」
何だと、俺の眼からそんな危険な光線が発生したというのか?ルビー・クウォーツ・レンズを使用したサングラスでも用意して貰うべきなのか?
「発生を抑えるナノマシンは注入済み。念の為、眼鏡の方も対策を講じて情報を再構成する」
そうだな。由良さんまで巻き込む訳には行かないから頼むぞ。
「有希、ナイスアドリブよ!そうよねぇ、そろそろ悪側の逆襲よね!」
ハルヒは思い描いていたのと違うシーンになったのを、役者の自主性と捕らえたようで、無邪気に喜んでいる。幸せそうな事で何よりだ。俺もせめて何も知らないで「今のスゲー特殊効果だったよね!」とか言って騒いでいられるギャラリーのポジションになりたいものだ。
「そんな訳で新戦力として、あんたも出なさいよ」
ハルヒが次にその毒牙を向けたのは谷口だった。女の子達がドタバタわいわいと騒いでいるのを遠目で、ニタニタと笑いながら傍観していたヤツは突然ハルヒに引っ張られて何が何だか解っていない様子だ。
しかしキョトンと狐に抓まれたような表情も一瞬で、すぐに俺のチャイナドレスの裾に視線を向け、次いで朝比奈お姉様の胸を間近で覗きこんでは相好を崩している。お前の目の保養の為にこっちはこんな格好で頑張っているんじゃないんだがな、まぁ、お前なら気兼ねせずに済むからこっちとしても気が楽だな。
谷口に与えられたのは、ユキの新たなる手下という役柄だ。今までの三人プラス谷口が俺と朝比奈さんタッグに襲い掛かってくるって訳だ。
「さぁ、みんな!その二人を池に放り込んじゃいなさい!」
何だと、結局この展開かよ。まるで辻褄を強引に合わせているみたいだな。って俺も一緒にかよ、冗談じゃないぞ!
流石に躊躇う手下役の一同だが、ハルヒの繰り返しの煽動と約一名のノリノリな人の為に宙を舞うのを免れる事なぞ出来ない相談だった。
池の水は妙に生温く腕でもがくと何だかドロリとした感触で、口の中から入ったりすると身体に悪そうな感じだ。チャイナドレス隙間から侵入した水が全身を包んで気分が悪い。おまけにタイツが水を含んで脚が重い感じがする。下手すると溺れるぞ。
横を見れば朝比奈さんも同じようにもがいていて、今にも溺れそうだ。助けに行きたいが自分が沈まないようにするのが精一杯だ。
ふと逆側にも水面が揺れるのを感じると谷口が入水していた。やはり、お前もこうなる運命を避ける事は出来ないんだな。
陸地では古泉が呼ばれ朝比奈さんに手を差し伸べている。確か出会いのシーンだったか。話の前後は相変わらず繋がっていないな。そう考えながらも必死で水を掻き分ける。
ん?なんだ古泉、俺にも手を差し伸べてくれるのか?その後方では鶴屋さんがニヤニヤしながらビデオカメラを向けてくる。撮影中を示す赤いランプ付きだ。俺を助けるシーンも使う気なのか?
何にしろ助かった。脚だけでなく腕も棒のように重く、予想以上に体力を消耗してゼイゼイと息切れしている。
「バッチリじゃないの!二人ともよくやったわ!」
やったんじゃなくて、やられたんだ。水のシーンが取りたいのなら何も放り込む事はないだろう。俺も朝比奈さんもそれで溺れそうになったんだぞ!
「放り込まないと良い絵が撮れないのよ。それに映画には迫真の演技が必要なのは言うまでもないでしょ?溺れるところ助けるなら、溺れる位でないと!」
お前なぁ……。
「冗談よ。流石に事故死なんて洒落にならないわよね。それに何年かしてここが『アイヤー。そこは、若い女の子が溺れた悲劇的な池』なんて伝承で武術家親子の修行場になっても嬉しくないしね」
危うくこの世界に呪泉郷を出現させるところだったのか。
まさか、今の比喩発言だけで現実に影響がでたりしてないよな?濡れネズミな谷口は脱いだシャツを絞っているが特に変わった様子も見られないから大丈夫だろう。きっと。
「ハルにゃん。キョン子ちゃんとみくるの二人ともびしょ濡れで、このままだと風邪引くかもっ知れないから家で着替えさせてもいいよね?」
「そうねぇ〜。それじゃあ、続きのシーンはお姉様の家で撮りましょう!丁度いいわ!」
由良さんと国見さん、そして谷口はここでお払い箱となった。
用が済むと子供が飽きた玩具を放るみたいに興味がなくなるハルヒは、その事を伝えるとすぐに心は鶴屋さんの家に飛んでいるようで、早くも歩き出そうとしている。
ポカンとする二人の友人に非礼を詫びて別れの挨拶をする。谷口の方もちらりと見ると濡れたシャツを着込んで、残ったこの二人に声を掛ける機会を伺っている。なんとも逞しいヤツだな。
けれどまぁ、二人ともその事を敏感に悟っているらしく、ヒソヒソ話ながら谷口の方を見ないように足早に立ち去っていくのが見えた。その後を追っかけようとする谷口の背中が、ついさっきよりも小さくなったように見えるのは目の錯覚の所為にしておこう。
俺は急いでハルヒ達の後を追いかけるのだった。
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